午前二時。

 深夜二時。時計の音だけが僕に語りかけてくる。昨日は早めに目を閉じたはずなのに、なぜかこんなおかしな時間に目が覚めてしまった。

 僕は体を起こし、ガラスのテーブルに乗っていた飲みかけのコーヒーを手に取った。数時間前まではまだ暖かったそれは、今では冷たく沈黙している。ベッドから抜け出すと、カーテンを開けた。残念ながらその先は雲で覆い隠されている。

 ねぇ、どうしたの? と彼女は言う。僕はなんでもないよと答えた。彼女は曇りというものを知らない。なぜ知らないのかを僕は知らない。

 ベッドサイドに腰掛ける。空よ晴れてくれと願う。けれどそれは手からこぼれた水がまた手に戻らないのと同じで、どうやっても変化しない事実だった。

 夢を見たんだよ。僕は言う。彼女は相づちを打つだけでただ静かにコクウを眺める。コクウがどんな字か思い出そうとしたがだめだった。それは固く深く失われてしまったものだった。

 夢を見たんだ。僕はもう一度言った。今度は自分自身にむかってつぶやいただけだった。まるで確認するかのように。それに対しても静かに相づちが帰ってくる。

 僕はボーイなんだ。ホテルのボーイ。手には見たことのないボトルとグラスの乗ったトレイがある。そして口笛を吹きながら、そのトレイを部屋へと届けるところなんだ。口笛の曲はアジカンのブルートレイン。たぶん君が知らない曲だろう。それを口ずさみながら、僕は目的の部屋を探している。そこまではいいね?

 無機質な相づちが繰り返される。僕はすっかり冷たくなってしまったコーヒーを口に運ぶ。その冷たさに、背筋が震えた。

 だけれど夢のなかの僕は行き先を忘れてしまう。そしてそのまま途方にくれてしまうんだ。ロビーに戻ればどこに行けばいいのかわかるかもしれないけれど、残念ながら僕はロビーがどこにあるかもわからないんだ。だから途方に暮れてしまう。

 と、そこで相づちが消えていた。どうしたのだろう、と彼女を見るとどうやら眠ってしまったらしい。

 やれやれ、深夜に僕はなにをしているんだ。手に持っていたコーヒーはとてもじゃないけれど飲めるようなものではなかったので、近くにある鉢植えへ流し込んだ。植物はコーヒーなんて飲むのだろうか?

 再度時計を見る。午前二時二十四分ですっかり停止していた。電池でも切れたのかもしれない。朝日が昇ったら調べてみよう。

 ベッドに横になる。世界がゆっくりと減速を始める。おやすみ、と僕は言う。だけれど、誰からも返事はなかった。当たり前だ、と思う。僕の部屋には僕しかいないからだ。