□ブラッディマリー


「ねぇ」

 彼女が僕の首に腕を絡ませてくる。そして彼女はショートの髪越しにほお擦りしてきた。頬が柔らかい。

「どうしたの?」

「えっと……これ、飲んでみて」

 彼女が指差したのは僕の正面にあるガラステーブルの上に置かれた一杯のブラッディマリー。透明なグラスに映える赤がなんとなくなまめかしい。

「ん〜、どうしようかな」

 もともと飲む気はあったんだけど、わざと考え込むフリをしてみる。

「朝からお酒を飲むのはいや?」

 顔が覗き込まれるように見られる。少し「困った」といった感じの眉が可愛かった。

「いや、別にいいけどさ」

「じゃあ、飲んでよ」

 そう言ってまたほお擦りしてくる。甘いシャンプーの香りがした。

「じゃあもらうよ」

 グラスを手に取り、中に入っている液体を光に透かしてみる。綺麗だった。

「ねぇ」

「うん?」

 グラスにはまだ口をつけてはいない。

「君ってあったかいよね」

「そうかな?」

「そうだよ」

 ほお擦り。

 グラスの中の液体を一気に飲み干した。アルコールが食堂を通り、胃に染み渡り、ゆっくりと体中にひろがる。体の中に小さな……本当に小さなロウソクの火みたいな火がともった。

「君もあたたかいよ」

 グラスを置いてバーテンダーの彼女の手をきゅっと握った。彼女もゆっくりと握り返してきてくれた。

 朝日が照らしブラッディマリーのグラスが輝く中、僕らはそっとキスをした。