*Negative
なぜそこで膝を折って泣いているの?
上を見てごらんよ。ほら僕がそこにいる。
息が止まるほどの劣等感、こぼれてしまうほどの絶望感、そこには全部含まれているのだろう。そのぐらい知っているよ。
君が笑っていたとき、泣いていたとき、驚いていたとき、すべて僕は見ていたんだ。僕は見守っていたんだ。
なぜ君は辛い目をしているの?
笑ったときに崩れる目尻が好きなんだ。ほら上を見てごらんよ。
焼かれるような焦燥感、砕けそうな罪悪感、そこには全部あるだろう?
闇に抱かれたその奥に小さな僕が見えるだろう。君の瞳と同じぐらいの大きさじゃない?
残念ながら、それほど綺麗ではないけれど。
僕は気弱で輝けなくて、君ひとり笑わせられなくて、時には好かれ嫌われて。それでもそこにいるんだよ。誰もが僕を目指していて、手を伸ばそうとするんだよ。僕の孤独を知らずに君は、ただ憧れているんだよ。
君は本を一冊手に取った。サンテグジュペリ、星の王子様。静かなBGMと共に君の周りが色を変える。
ただ僕はそれを眺めているだけ。それ以外はなにもできない。君はちらりと僕を見る。けれど僕は手を振ることすら叶わない。
できることなら君と話したい。君が生まれてきてからのことを語り合いたい。きっとそれは素敵な時間だと思うんだ。そして大切な思い出になるはずなんだ。君の笑顔をもっとそばで見たいんだ。君の息を近くで感じたいんだ。
本を読み終わり、君は窓を開ける。風を感じ、目を細めた。すでにそこには辛い様子はなく、確かな輝きが潜んでいる。
ああ、もう僕は帰らないといけない!
僕に残された時間はとても少ないんだ。だけどまた会いにくる。また暗くなったら、孤独の中で君に会いにくる!
君の部屋を揺らす風がここまでくることはないけれど、僕の感情が君に届くこともないけれど、それでも僕は君を思ってる。
彼女は窓をゆっくりと閉めた。初夏とはいえ、夜風はまだ肌寒かったのだ。
そしてベッドを整えると静かに横になり瞼を閉じた。途方もない静寂と、生きている闇が辺りを支配する。
眠りに落ちるその瞬間、瞼のうらに小さな明かりが見えた気がした。彼女はそれがついさっきまで息づいていた月の光りであったということを知ることはない。